門出地区では「タヌキは男に化け、キツネは女に化ける。」といわれています。
 むかし、門出地区の深野というところに古狸が棲んでしました。このタヌキは夕方、日が沈むころになると「ドンドンドン」と太鼓を叩くというのですが、村人たちはその音が聞こえても別に不思議には思っていませんでした。
 このタヌキはどうしたことか村人のひとり、久左衛門さんと仲がよく、他の人の作物は荒らしても、久左衛門さんの作物だけは絶対に荒らすことはなかったそうです。
 むかしは、しばしば水の争いなどがあり、よその人が久左衛門さんの田の水を盗みに行こうとすると、いつもそこには久左衛門さんのおじいさんが立っており、人々はそれがタヌキが化けているのか本物の久左衛門さんのおじいさんかわからないので、しぶしぶ帰っていたと伝えられています。

(その後については、こんな話が残っています。)
 大正時代の始めごろ、中の坪の小林禎五郎さんが「俺がひとつ古狸を捕まえてやろう。」と、愛犬を引き連れ深野に行ってみると、タヌキ穴があり、この穴に犬を追い込みタヌキを追い出させようとしましたが、あまりにも大きなタヌキであったため、犬が負けそうになったそうです。 禎五郎さんは犬を殺されてたまるものかと銃をかまえ、見事にこの大きなタヌキをしとめたそうです。
 このタヌキは、重さが約30kg以上もあり、お腹には一本の毛も無く太鼓のようだったといいます。
 門出地区の神社は、明治41年8月、字勝田にあった諏訪神社と現在地の黒姫神社を合併し、門出神社と称したものだそうです。この物語はおそらく勝田の諏訪神社の話であろうと思います。
 
 むかしむかし、門出の神社にひとりの若い大工が宿をとったそうです。夜中を過ぎた頃、社殿の外で何やら話し声が聞こえ、若い大工は「この夜中に何者だろう?」と不思議に思い、神社の隅の方で小さくなっていました。
 若い大工は耳をすまし話を聞いてみると「向こうの山小屋で物乞いの女性が子どもを産むので、運定めの相談があるのだが、一緒に行かないか?」と神様が門出の神様を迎えに来たのでした。
 門出の神様は「今日はうちの神社にお客さん(若い大工)が泊まっているので、あなたが行ってその子の運が決まったら、あなた方が帰る途中でいいので私にも聞かせてくれないか?」といいました。
 二人の神様が行ってしばらく過ぎて、夜も明け始めた頃、二人の神様が戻って来ました。「今帰って来ました。女の子が産まれましてね。女の子の運は、今日この神社に泊まっている大工と結婚させることに決めて来たよ。」というのです。それを聞いていた大工は、20歳も違う物乞いの子と結婚するなんて考えてみただけで嫌気がさす。まごまごしていると夜が明けてしまう、どうしたらよいのだろうか・・・と思案しました。若い大工は思案の末「今のうちに殺してしまおう。」と考え、大工に使うノミを持って神社を飛び出しました。
 山小屋に着いた若い大工は、産まれたばかりの赤ん坊の喉をノミで一突きし、また神社へ逃げ帰りました。若い大工は「これで物乞いの子どもと結婚することもないわい。」とホッとし、この神社を後にしたのでした。
 それから何年かが過ぎ、若い大工は神社での出来事などすっかり忘れてしまっていました。その後、ふとした縁でうるわしき女性と結婚することになりました。美しく若い女性を妻にする大工の心はウキウキと躍る思いでした。
 めでたく婚礼の式も終わり、二人だけの夜に大工は驚きました。なんとお嫁さんの左の喉に傷跡があったのです。喉の傷のいわれを聞くと、妻は亡くなった母から聞いた話として「産まれたばかりの時、どこかの旅の男が来てノミで突いていった傷なんです。」といいました。
 「神様が決めた運命はどうしようもないことなんだ。」とつくづく悟った大工であったということです。